浮気と不倫、DVと離婚

長崎県に住むアッコです。

53歳で会社員をしています。
私が、高校時代から、12年間お付き合いをして、紆余曲折の末、28歳で晴れてゴールインした、大好きな同い年の彼。公務員さん。実は「DV」でした。
最初は、まったく気がつきませんでした。身体的な、暴力がなかったからです。言葉と態度の暴力でした。
「おまえは、馬鹿だ」「頭がおかしい」毎日の様に言われました。

夫婦関係の後には「商売女の方が、良い」聞こえづらかった事を聞き返すと「うざい。なぜ聞こえないんだ!耳の病院に行け!」そんな感じの新婚時代でした。
でもわたしは、ただ機嫌が悪いだけ、そう思っていました。

なぜならば、わたしの両親から、結婚を反対され、散々な事を言われた後でしたから。

結婚前は、本当に優しくて、私はお姫さまでした。だから、結婚してから豹変した、彼にとても、戸惑い、悲しくて、元の彼に戻って欲しく、そんな気持ちから、謝ってばかり、何もかも彼の言いなりな、結婚生活が始まりました。もともと、両親の元でも、従順な娘な私でしたから、ある程度、旦那さんに合わせて生活するのは、抵抗なかったんです。新婚時代の楽しい思い出?少ないですね。私の両親にプレゼントしてもらった…新婚旅行…彼は、両親にお礼を言う事もなく、お土産も買おうとしない。新婚旅行の間、彼はもらったお金で、遊び、買い物をするも、私は、意見できませんでした。一人目を懐妊。つわりで、寝込んでも、家事を手伝うわけでなく、夕食が出来てないからと、ガラスのテーブルを蹴飛ばし、粉々にしました。

長女の予定日、「俺には、関係無い」と、友人の結婚式に出席しようとしていました。何も言えませんでした。キレられるのが、嫌だったからです。職場の先輩に諭され、結局お産の際は、来てくれましたが。その後ギクシャクギクシャクしながらも、子どもは、三人。二人目のお誕生のお祝いは、一戸建ての新築祝いと一緒でした。家の購入も、旦那さんの、一存でした。住宅ローンは、月10万。大変な額でした。上二人は、娘で、見た目かわいらしく、旦那さんは、連れて歩くと人目につくので、鼻高々。娘二人が、就学前までは、日々女三人、旦那さんの顔色伺い自分の気持ちを誤魔化しながらも、それなりに幸せなつもりでした。
日々、顔色を伺うのは些細な事で、怒り出すからです。
「子供に風邪をひかした」「新しい鍋を勝手に買っている」「こんな本は、読むな!」「煮魚は酒のツマミにはならん!」「牛肉のカレーしか、俺は食べない!」毎日、文句を言われました。そして、子育ての間は、家の中が、散らかったり、ご飯が遅くなったり。本当に、ずっと不機嫌でした。
子供たちは、だから母である、私に連れられて、思い切り外で遊んだ経験とか、数えるほどしかないです。

最初の娘、長女は、私と同じく八つ当たりの対象にされていました。小学校上がりたての頃、口答えをした娘の胸ぐらを掴み、頬を張った時は震えました。「女の子だから、まだ、小さいのに、止めて下さい」そう訴えるとますます怒り、怒ると家を出て行き、遊びまわり散財してくれました。
結婚9年目、長男が、誕生しました。そのころ、上二人が、手がかからなくなり旦那さんは、家族で出かけたりしなくなりました。ますます、いつも不機嫌になりました。
長男が、三歳の時でした。不機嫌な旦那さんの言いなり、お金を渡さなければならない家計は破綻しました。

私の実家に600万円、出してもらって難を逃れました。私は長男を保育園に預け働きました。就職先は旦那さんのつて、でした。
慣れない、肉体労働。意地悪なお姉さんたちの、女職場。毎日おはびえながら、職場に通いました。

私には短大で取得していた資格がありました。
卒業して、その資格で仕事をしていましたから、再就職もそちらの仕事をしたいとおもいました。
旦那さんに切り出すと、鼻の先で笑われ「やっぱり、おまえは馬鹿だ。そんな資格が、何になる。さっさと、大した資格じゃないんだから、捨てろ。その資格で仕事する価値は、お前には無い」酷い言われようをされました。

自分の全てを否定されたような瞬間でした。
あの時、恋愛時代を引きずってなんとか、旦那さんと、家庭を築こうとしていた気持ちが、折れてしまったんだと思います。
その頃、携帯電話を旦那さんが、持ちました。最初、旦那さんの携帯は、家の2台目の電話の感覚でよく触っていました。


ある日、頻繁にメールの着信が鳴るので、開けてみると、女性からでした。
元々、浮気性の人で恋愛していた時も、沢山遊んで、泣かされていて、「またか、」と、問いただすと、逆ギレ、目元を殴られました。髪をつかをんで、引きずられ、脇腹を蹴られました。着ていたブラウスは、ビリビリになりました。子供たちは、リビングの隣の座敷。襖の向こう側で、寝ており、殴られるところは、見られてません。
ただ、長女は目を覚まし、私が罵られ、殴られてる様子を鳴き声を噛み殺して、聞いていました。

思い出すと、たまらなく可哀相になります。長女の口から、僅かに漏れた泣き声で、暴力は、収まりました。
長女の側で、長女と手を繋いで、その夜は、眠りました。破れたブラウスは、こっそり保管しています。旦那さんの、お相手は、とある、出会い系で知り合った人でした。

私は、旦那さんを見張る為、そのサイトに登録しました。

結果として私自身も、新しい別の彼を見つけました。人生の中で、旦那さん以外の男性、お付き合いは、初めてでした。「W不倫」。
皮肉な事に、出会い系で、色々な男性とサイメで、やり取りする事で、自分の旦那さんが、「DV」である事を知ったんです。

それからは、旦那さんの顔色を伺う事をしなくなりました。「ごめんなさい」「すみません」と連発していた言葉を使わなくなりたした。
その後、口をきかなくなり、小うるさい親父は、子供たちから嫌われ、今は旦那さんは、自分の両親の元で生活しています。

生活費は毎月六万円いただいてます。借り換えで、減額。月六万になった住宅ローンは、払って貰えてます。
長男が、高校を卒業するとき、離婚になると思います。三十代で、旦那さんにお金を出しまくった家計は、貯蓄はゼロ。
今も苦しくて、大変ですが、怯えながら、旦那さんの顔色を伺った日々より、ずっと、幸せです。
老後の心配はありますが、昔の自分よりは、不幸ではないと思っています。

しかし、結婚する前に、

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こうした占いで相性を見てもらうべきだったと今にして思います。

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